前に出るのをやめてから、依頼の質が変わった

以前は、自分が前に出る場面もありました。
名前を覚えてもらうために、目立つ場所に立つことを意識していた時期もあったように思います。

ある時期から、その動き方をやめてみました。
「前に出ない」を意識して選ぶようにしてみたところ、不思議なことに、出ない方がむしろ依頼が増えていきました。

増えた、というだけではありません。依頼の質そのものが変わってきた感覚があります。
売り込みのお手伝いをしてほしい、という相談ではなく、伴走してほしい、隣で一緒に考えてほしい、という相談が増えてきたように思います。

これは自分にとって、とてもありがたい変化でした。前に出るのを我慢して引いていた、というわけではなく、引いたほうがむしろ自分の力が活きる場が増えてきた感覚に近いです。

なぜ「前に出ない」を意識して選ぶようになったのか

正直に言うと、自分が前に出てもうまくいかない経験を、何度かしてきました。
無理に前に出ようとした時ほど、空回りすることが多かったように思います。

前回のコラムでも少し書きましたが、ある方から「石橋さんはマネージャー的な立場が向いているのかもしれませんね」と言ってもらったことがあります。
その言葉が自分の中に残っていて、最近は意識的にそういう動き方を選んでいる部分があります。

前に出る人は、自分でなくても他にいくらでもいます。同じ役を取り合う必要はないのかもしれません。
それより、自分の力が一番活きる位置はどこか、を考えるほうが、結果として誰の役にも立てる気がしています。

適材適所は、他人の話ではなく自分の話

「適材適所」という言葉は、人をどこに配置するかの話として使われがちです。
けれど、自分にとってはまず「自分の適所はどこか」を考える話だと思っています。

自分が活きる場所を自分で選び直すこと。そこが整うと、他の人の適所も自然と見えてくる気がしています。

主役を譲ると、相手の本気が引き出される

自分が主役のポジションに立つと、相手は受け手側に回りやすくなります。
こちらが話して、相手が聞く。こちらが提案して、相手が判断する。そういう関係になりがちです。

主役を相手に渡すと、関係が変わります。
相手が主役になると、相手の本気スイッチが入る瞬間があります。自分のことを自分で語り、自分で決めようとする時の表情が、明らかに変わります。

その本気が入った場のほうが、結果として物事は進んでいきます。
自分が手柄を増やすことよりも、相手の手柄を作ることのほうが、長期で見ると返ってくるものが大きいのかもしれません。

場を作る側に回ると、人が自然と集まってくる

「前に出ない」というスタンスを突き詰めていくと、最終的には「場を作る側に回る」というところに行き着く気がしています。

場を作る人は、その場の主役ではありません。
主役になるのは、その場に集まってくれた人たちです。場が整っていれば、自分から誰かを呼ぶ必要がなくなっていきます。

これは仕組みづくりとよく似ています。
仕組みも、場も、1人では作れません。誰かの動きと自分の動きが組み合わさってはじめて、回り始めるものなのかもしれません。

主役を譲ると、場が育つ

主役の椅子を自分が持ち続けると、場は自分の大きさで止まってしまいます。
椅子を渡せる相手を増やしていくと、場は自然と広がっていきます。

場が育てば、自分のところに集まる声も自然と質が変わってくる。最近そのことを、少しずつ実感しているところです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。