小さい仕事を大切にする理由
独立してすぐの頃、自分にも「これくらいの金額の仕事は受けるべきかどうか」で迷った時期があった。ホームページ制作という仕事柄、数万円で終わる修正作業や、数千円で頼まれる小さな更新作業が舞い込むことがある。正直、時給換算すればまったく割に合わないこともある。それでも自分は、そういう仕事を断らずにやってきた。
理由は単純で、小さい仕事の向こうにも人がいるからだ。金額の大小と、その人が抱えている困りごとの大きさは関係ない。むしろ小さな依頼ほど、本人にとっては切実だったりする。「こんなことで頼んでいいのか分からないんですけど」と申し訳なさそうに連絡してくる人ほど、実は長年悩んでいたということが多い。
信頼は金額ではなく対応で決まる
ある時、知人から「ちょっとだけ文言を直してほしい」という依頼があった。作業自体は10分で終わるようなものだった。金額にすればごくわずかで、正直そのためだけに稼働するのは効率が悪い。でも自分はすぐに対応した。理由は、その知人が別の会社に大きなプロジェクトを発注する予定があることを知っていたからではない。ただ、頼まれたことに誠実に応えることが、自分の仕事のやり方だと思っていたからだ。
結果としてその後、その知人から別の案件を紹介してもらえた。これは打算で動いた結果ではなく、小さな仕事にきちんと向き合った積み重ねが、後から形になっただけの話だ。経営をしていると、目先の売上や効率を優先したくなる場面は何度もある。でも、信頼というのはそういう「効率のいい仕事」だけでは積み上がらない。むしろ、効率の悪い小さな仕事にどう向き合うかで、その人の仕事の質が透けて見えるものだと自分は思っている。
選ばないことで見えてくるもの
独立してからずっと、自分は依頼を規模で選んでこなかった。時間的に受けられない場合はあるが、それは規模ではなく状況の問題だ。小さい仕事を軽く扱わないことは、単なる美談ではなく、自分自身の仕事に対する姿勢を保つための習慣でもある。大きい仕事だけを選び続けていると、いつの間にか「割に合うかどうか」でしか物事を判断できなくなってしまう。そうなると、目の前の人の困りごとよりも、自分の都合が先に立つようになる。それは経営者としても、一人の作り手としても、あまり健全な状態ではないと思う。
小さい仕事を大切にすることは、結局のところ、自分自身の仕事のやり方を大切にすることと同じだ。金額の大小に関係なく、頼まれたことに誠実に応える。その積み重ねの先に、思いがけない縁や次の仕事が生まれてくる。自分はそう信じて、これからも小さな依頼を大切にしていきたいと思っている。
今日もまた、小さな連絡が一件届いている。
「ありがとう」が往復する関係に、積み上がっているもの
続く関係には、一方通行ではない感謝があります。
こちらが「ありがとうございました」と言い、相手も「こちらこそ、あのときは」と返してくれる。その往復が、何かのきっかけがあるたびに何度でも起きる。これが、自分の感じている「続く関係」のかたちです。
では、そこに積み上がっているものは何か。
結果や実績ではないように思います。積み上がっているのは、相手の負担を、先に少しだけ引き受けた記憶です。頼まれる前に動いた。相手が困る前に手を打った。その小さな積み重ねが、お互いの中に残っていく。
自分はずっと、サービスとは相手の負担を肩代わりすることだと考えてきました。それは仕事の話だと思っていたのですが、人との関係でも同じなのかもしれません。
先に相手の負担を引き受けた回数が、そのまま「ありがとうを返したくなる」気持ちの厚みになっていく。そういう順番なのだと思います。
サービスとは、相手の負担を先に引き受けること
見返りを期待して引き受けると、それは取引に戻ります。期待せずに引き受けたものだけが、相手の中に記憶として残るのだと思います。
続く関係は、立派な実績ではなく、こうした小さな引き受けの積み重ねでできているように感じています。
自分が「ありがとうを返したくなった」とき
自分の話をします。
体を痛めてまともに動けなかった時期がありました。そのとき、頼んだわけでもないのに動いてくれた人たちがいました。「大丈夫ですか」と声をかけるだけでなく、こちらが言い出す前に、必要なことを先に進めておいてくれる。
そのときに自分の中に残ったのは、「借りができた」という感覚ではありませんでした。
もっと素直に、「この人たちに、いつか返したい」という気持ちでした。あの感覚が、たぶん「ありがとうを返したくなる関係」の正体なのだと思います。
演出された親切では、こうはならなかったはずです。見返りを前提に近づいてくる動きは、受け取る側にはなんとなく分かります。
そうではなく、ただ淡々と、こちらの負担を先に引き受けてくれた。だからこそ、返したくなった。自分がしてもらって嬉しかったことを、今度は自分が誰かにしていく。その連鎖がいちばん続くのだと、いまは思っています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。