並べてみたら、確かにマーケティングだった
自分がやっていることを並べてみると、確かにマーケティングに見えます。Yahoo広告を代理店に頼まず自分で運用している。GA4やSearch Consoleの数字を自分で読んで、改善点を探している。LINEの配信設計もする。SEOを意識してコラムを書く。Instagramで発信する。
でもどれも「マーケティングを学ぼう」と思って始めたわけではありません。ピエリスを開業してから、お客さんに来てもらうために必要なことを一つずつやっただけです。広告運用も分析ツールも、誰かに教わったのではなく、目の前の課題を潰していたら結果的に使えるようになっていました。
「広告回そう」にピンとこなかった理由
以前、ある方から「広告を回して集客しましょう」と提案されたことがあります。マーケティングとしては正しい判断だと、頭では分かりました。でも乗り気にならなかった。理由をうまく言葉にできないまま、その話は流れました。
今になって、あの時の違和感の正体が分かった気がします。
SNS広告やディスプレイ広告は、まだ困っていない人にこちらから見せに行くものです。自分が主語になります。でも自分がやってきたのは、困っている人が「どこかないかな」と探し始めた時に、ちゃんとそこにいること。相手が主語です。
Yahoo検索広告もSEOコラムも、自分にとっては「営業」ではありませんでした。「松戸 整体」「レンタルサロン 開業」と検索する人が迷わず辿り着けるように、道案内の看板を立てている感覚に近い。押しに行くのではなく、待ち構えている。同じ広告でも、出発点が違いました。
同じ道具、違う使い方
使っている道具は同じです。広告も、LINEも、GA4も。でもマーケッターがそれらを使う目的は「集客」で、自分が使う目的は「相手が困らないようにすること」でした。
ピエリスのサイト設計も、LINEの配信の組み方も、「どうすれば相手の手間を減らせるか」から考えています。結果として集客にもなっているけれど、それは副産物です。
出発点が違うと、設計の向きが変わる
「広告を出す」も「LINEを配信する」も、手段としては同じです。でも「知らない人に見つけてもらう」ための広告と、「困っている人が迷わず辿り着けるように」立てる広告では、設計の向きが逆になります。
自分の事業を振り返ってみると、手段はマーケティングそのものでも、動機はいつも「相手の手間を減らすこと」でした。
まだ名前はない
マーケッターであって、マーケッターではない。一言で説明できる肩書きは、まだ見つかっていません。
でも振り返ると、名前が先にあって始めた仕事は一つもありませんでした。ピエリスも、HP制作代行も、仕組みづくりの仕事も、全部「必要だったからやった」が先で、後から名前がついてきました。
今回もそうなる気がしています。名前を決めてから動くより、動いた結果に名前がつくほうが、たぶん剥がれません。