独立してすぐの頃、自分は「良いものを作れば仕事は来る」と本気で思っていた。技術を磨いて、実績を作って、それを見せれば依頼が来るはずだと。実際はそう単純ではなかった。
最初の半年、正直ほとんど仕事にならなかった。SNSで発信もしたし、ポートフォリオも作った。それでも問い合わせは月に一件あるかないかだった。焦って値下げを考えたり、実績を盛って見せようとしたこともある。今思えば、あれは「信頼」を積み上げる作業をすっ飛ばして、「結果」だけを先に欲しがっていたのだと思う。
信頼は積み立てにしかならない
ある時、以前の職場の同僚から小さな仕事の相談が来た。金額は正直大したことがなかったが、その人は自分の仕事の進め方を知っていて、変な駆け引きもなく「頼みたいから頼む」という感じだった。この仕事をきっかけに、その人からまた別の人を紹介され、そこからまた仕事が生まれた。振り返ると、独立して最初にまとまった収入になったのは、すべてこの一本の糸からだった。
つまり信頼は、瞬間的に生まれるものではなく、時間をかけて積み立てていくものだと、この時初めて気づいた。SNSでの発信やホームページの実績ページは、信頼を「補強」することはできても、信頼そのものを「作る」ことはできない。信頼は結局、誰かと直接関わった時間の中でしか生まれない。
これに気づいてから、自分は焦って新規開拓をすることをやめた。代わりに、今関わっている人との仕事を丁寧にやることに集中した。納期を守る。連絡を早くする。頼まれていないことにも少し気を配る。地味なことばかりだが、これを続けていると、半年後、一年後に思わぬところから声がかかるようになった。紹介というのは、こちらが忘れた頃にやってくる。
時間がかかることを前提にする
独立や経営を考えている人の多くは、「早く結果を出さなければ」という焦りを抱えていると思う。自分もそうだった。だが信頼は急いで作ろうとすると、逆に壊れやすくなる。急いで取った仕事で無理をして、質を落とし、結果的に信頼を失う。そういう場面を自分自身も経験したし、周りでも何度も見てきた。
だから今は、信頼が仕事につながるまでには、最低でも半年から一年はかかるものだと最初から考えるようにしている。この前提を持っておくと、目の前の一つ一つの関わりを雑にできなくなる。今日の対応が、半年後の仕事に化けるかもしれないと思えば、自然と丁寧になる。
独立するというのは、看板を掲げた瞬間に仕事が来る魔法ではない。むしろ、看板を掲げてからが、信頼を積み立てる期間の始まりだと自分は考えている。焦らず、目の前の一つの関わりを大事にすること。それが結局、遠回りに見えて一番早い道になる。
信頼は、待つものではなく、積むものだ。そのことに気づいてから、自分の仕事の景色は少し静かに、確かなものに変わった。
「ありがとう」が往復する関係に、積み上がっているもの
続く関係には、一方通行ではない感謝があります。
こちらが「ありがとうございました」と言い、相手も「こちらこそ、あのときは」と返してくれる。その往復が、何かのきっかけがあるたびに何度でも起きる。これが、自分の感じている「続く関係」のかたちです。
では、そこに積み上がっているものは何か。
結果や実績ではないように思います。積み上がっているのは、相手の負担を、先に少しだけ引き受けた記憶です。頼まれる前に動いた。相手が困る前に手を打った。その小さな積み重ねが、お互いの中に残っていく。
自分はずっと、サービスとは相手の負担を肩代わりすることだと考えてきました。それは仕事の話だと思っていたのですが、人との関係でも同じなのかもしれません。
先に相手の負担を引き受けた回数が、そのまま「ありがとうを返したくなる」気持ちの厚みになっていく。そういう順番なのだと思います。
サービスとは、相手の負担を先に引き受けること
見返りを期待して引き受けると、それは取引に戻ります。期待せずに引き受けたものだけが、相手の中に記憶として残るのだと思います。
続く関係は、立派な実績ではなく、こうした小さな引き受けの積み重ねでできているように感じています。
自分が「ありがとうを返したくなった」とき
自分の話をします。
体を痛めてまともに動けなかった時期がありました。そのとき、頼んだわけでもないのに動いてくれた人たちがいました。「大丈夫ですか」と声をかけるだけでなく、こちらが言い出す前に、必要なことを先に進めておいてくれる。
そのときに自分の中に残ったのは、「借りができた」という感覚ではありませんでした。
もっと素直に、「この人たちに、いつか返したい」という気持ちでした。貸し借りの帳簿ではなく、返したい気持ちのほうが先に立っていた。あの感覚が、たぶん「ありがとうを返したくなる関係」の正体なのだと思います。
演出された親切では、こうはならなかったはずです。見返りを前提に近づいてくる動きは、受け取る側にはなんとなく分かります。
そうではなく、ただ淡々と、こちらの負担を先に引き受けてくれた。だからこそ、返したくなった。自分がしてもらって嬉しかったことを、今度は自分が誰かにしていく。その連鎖がいちばん続くのだと、いまは思っています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。